第90話 人は手をかけすぎると飛べない鳥になる
皆さんは家庭菜園をやりますか?畑を持っていて本格的にやっている方から、マンションのベランダで小ぢんまりやっている方まで、花、野菜、果樹を育てるのは楽しいといいます。
昨年からのコロナの流行で、ホームセンターの家庭菜園コーナーがずいぶんにぎわっています。思うように外出できず、家にいることが多くなった昨今、花や野菜でも育ててみようという人が増えました。
ところがイザやってみると、なかなか難しいようで思うようにいきません。病気になったり虫に食われたりでうまく育ちません。楽しみにしていた収穫もそこそこで、手間とお金と時間を掛けた割にはイマイチだったという方もいます。
そこで、本やネットで勉強して手入れの仕方や薬剤の撒き方を工夫してみると、やはり結果はそれなりによくなります。家庭菜園に限らず、作物は手を加えれば加えるほどよく育ち、その結果、収穫も満足できるものとなります。
寒い冬がようやく終わり、そろそろ桜の便りが聞かれそうな頃に、その会社の社長はやってきました。どうやら家庭菜園をやっていたようで、軽く挨拶を済ませた後は、しばらくその話になりました。
ところが突然「細井先生、人を育てるのは花や野菜と同じようにはいきません。どうしたらいいでしょう」という言葉。顔を見ると今までとは一変した険しい表情で、うっすら目に涙さえ見えます。
突然のことでこちらも驚いたのですが、少し落ち着いていただくために、目の前のコーヒーを一口飲むよう勧めてお話を伺うことになりました。
この会社はショールームを持っています。そのショールームは長い間使われず、ほったらかしになっていたため「これじゃあイカン」ということになり、何か使う手立てはないか考えた結果、イベントを行うことになりました。
イベントを開催し、その場で契約を取ったり、顧客情報を集めたり、売り上げに貢献できるようにと開催を決めました。当然、社長一人でできるわけもないので部下に指示を出します。
○月○○日ショールームイベント開催。目標来館組数○○組。目標売上○○万円。目標利益率○○%などと数字を掲げます。社長は幹部会で承認を得て担当部長に渡します。担当部長は担当課長と打ち合わせして、具体的なスケジュール、展示品の選定、価格、集客方法など詳細を決めていきます。担当課長は営業リーダーに指示を出した後、営業全体ミーティングを行い、イベントの概要、進め方、役割分担、各営業の目標数字を決めていきます。
さあ、これでイベントに向けての営業スタート。1か月半後のイベントが楽しみです。その後2週間が経過。そろそろ集客数が見えてきただろうと、社長が経過報告を求めましたが芳しくありません。
「しっかりやってくれ!」と激励して、その後また2週間が経過。再度報告をさせましたが前回と状況は変わらず。「なにやってんだ!」ということになり、担当部長をはじめ各長を集めて緊急会議。
「残り2週間で目標をクリアできるのか!」という社長の怒りの怒鳴り声。皆下を向いたまま誰も何も発言しません。困りました。もうあと2週間しかないのに集客数は目標に大きく及ばず。このままイベントを開催しても成果はほとんど見込めません。
それなのに、各方面の関係者にはイベントの来賓として招待しています。業界新聞の記者も来る予定です。本当に困った。今更中止というわけにはいかず、何とか人だけでも集めようということになり、社長が先頭になってイベント会場に飲み食い景品を用意。営業マンは「誰でもいいから来てください。お願いします」の一点張り。
そのかいもあって、当日、人はまあまあ集まり面目だけは保ちました。しかし、売り上げ数字はさんざん。新聞記者にはちょうちん記事を書いてもらうよう頼みこみ、一件落着。冷や汗ものでした。しかし、なぜこのようになってしまうのか。
「先生、私は部下のためと思っていろいろ手を焼いてきました」
「部下の先回りをして自分で何でもやってきました」
話を聞けば、社長が部下の仕事に首を突っ込んで指示したり、時には自分で手を出してしまうこともあったようです。部下はそんな社長に頼り切って、指示を待つようになっていたのです。
「考えてみるとそれは、部下の羽を私がむしり取っていたんですね」
「飛べなくしたのは私です」
そんなに自信を無くさなくても大丈夫ですよと励ましつつ、うまくいかなかったショールームイベントのやり方を検証することになりました。お話を伺っただけでも?が付くところはあります。そして、目に見えにくい部分、例えば、社員のショールームに対する信頼感や部門間のチームワークなど、醸成していく必要があります。
「先生、コンサルティングを受けて、組織やしくみを作っていきたいのでお願いします」
ということでコンサルティングに入りました。
家庭菜園では、作物は手をかければかけるほど良いものが収穫できますが、人の場合は、ほどほどであるべきで、手をかけすぎると自分で飛べなくなってしまいます。
社長は今回、そのテクニックもコンサルティングで習得したいという強い意志を感じさせます。きっと成果は出るでしょう。