第92話 社会情勢の変化に打ち勝つ会社と勝てないものの負けない会社
このところのパンデミックで社会情勢は一変しました。困ったことに、外出する際はマスクなしではどこへも行けず、この暑い中、苦労されている方も多いのではないでしょうか。中には自宅いる時でさえ、家族と会話するときにはマスクをしているという方もいらっしゃいます。つくづくおかしな世の中になったという感じがします。
人と会う時にはマスクをしなければならないということは、人相を判断する場合マスク越しとなり、顔の半分は見えない状態なため、相手の表情を読み取ることが困難になりました。商談での駆け引きもやりにくくなりました。本来なら、顔の表情を見ながら、相手が何を考えているか読みながら商談していたのが、顔の半分しか見えない上にスクリーンが目の前にあり、何か隔てられた感じで迫力が出ません。ひりひりするような商談を得意としていたセールスやバイヤーたちは何ともやりにくい時代になりました。
このパンデミックを契機として従来のビジネスが衰退し、新しいビジネスが生まれてくるのは必然と言えるでしょう。そんな中で我々は、どんな製品やサービスを顧客に提供すべきか真剣に考えなければなりません。
今から30年近く前にも社会情勢を一変させた出来事がありました。円高と中国の台頭です。円高により輸出産業は大打撃を受け、生産拠点を海外に移した製造業が多数ありました。また、中国の経済自由化で仕事を奪われ資源を奪われで、街の産業が失われてしまった地方都市もあります。
そんな中、一人勝ちと言えるような企業もありますし、脈々と遺伝子をつないでいく企業もあります。ビジネスに勝ち負けはありませんが、長い歴史の中ではよい時もあれば悪い時もあります。その時々をどうやって生き抜いていくかということが重要になります。
「強いものが生き残るのではなく、変化するものが生き残る」と言われますが「変化しない」ことを選択する企業もあります。そしてそれでも生き残っています。日本には中部地方より西の地域で焼き物の産地が多くあります。その焼き物の産地での、ある企業の話です。
「細井先生、この地域ではあのM社が独り勝ちですよ」
「この時代に陶磁器製品の食器がジャンジャン売れるなんて他ではありません」
こう話すのは代々300年続く窯元の9代目当主です。
江戸時代から陶器を作り続け、昭和の高度成長期には生産が追い付かないほど忙しかったと言います。しかし、今ではさっぱり生産量も減り、それに応じて社員もずいぶん減りました。家族とわずかな社員で細々と窯を焚いているにすぎません。
そこへいくとM社はうまく社会情勢を捉えて、製造会社から企画・販売会社に脱皮しました。核家族化に対応して小さくて軽い陶磁器を提案し、女性や若いカップル、ファミリー層に受け入れられるデザインや色遣いで自社をブランド化することに成功しています。東京都心に直営店を持ち、ネットでの販売も好調です。およそさびれた生産地のイメージはなく、若い人たちのあこがれのブランドになっています。
「先生、あのやり方はうちには真似できません」
「品質というよりデザインですもんね」
そのデザインも品質の一部なのでしょうが、9代目当主からすれば全く別物に映るのでしょう。確かに製品1つ1つを手に取ってみると、品質の面ではそれほどたいしたものではありません。原料や釉薬にどのようなものを使っているかわからず(毒だとか、おかしな原料を使っているという意味ではありません)、だれがどのように作ったのかもわかりません。
一方、300年続く窯元は、300年前と同じ原料で同じ製法で作り続けており、製品を見れば大体いつの時代のどんな窯で焼かれたものか判断できます。しかも、作った職人まで見当がつくと言います。
今のビジネスの上ではM社の勝ちです。しかし、300年続く窯元にも30年以上前にはいい時代がありました。今は苦労をしていますが、1つのことをやり続ける企業には、やり続けるうちにいずれ需要が寄ってくることがあります。その機を逃さず、今は力を蓄える。あえてこちらから需要を追いかけない戦略です。
世の中は大きなスパイラルでできています。10年20年、50年100年単位で見れば、今のパンデミックも小さな1つの出来事にすぎません。このような社会情勢に応じて変化をして行くのか、じっと耐え忍び1つのことをやり続け、のちの世代に受け継いでいくのか、経営者の考え1つで決まります。
商売に勝ち負けはありません。あえて言うなら、飽きずにやり続けることこそが勝ちと言えます。あなたはどちらですか?