第99話 人生は山登りに似ている
「細井先生、人生は山登りに似ていますね」 「山が高ければ谷は深いし、高い山に登りたければ訓練しないといけません。遭難してしまいますもんね」
こう話すのは、以前からお付き合いのある中小企業の社長です。どうやら最近山登りを始めたようですが、あまり最初から高い山に挑戦するのは危険だといわれているので、自宅近郊の低山から少しずつ慣れていこうという計画です。しかし、やはり日本アルプスのような3000m級の山に登りたいという願望は強く、登山靴やザックなどは一流の道具をそろえています。
夏の北アルプスやロープウエイがあるような山であれば、足元と服装に注意すれば軽装備でも十分登山を楽しめます。山の頂に立てば360度のパノラマが広がり、下界の喧騒がうそのようです。真夏でも雪が残り、お花畑に可憐な花が咲き乱れ、雷鳥が子育てをしている、そんな光景が目に浮かびます。
ただし、3000m級だということを忘れてはなりません。いったん天候が荒れれば強風が吹き、雨が下から降ってくることもあります。谷が深いので、道に迷って下に降りれば遭難です。 一方、ふもとでは景色はよくありませんが、強い風が吹くこともなく、温泉につかりながらのんびりすることもできます。
「先生、山登りはどちらも魅力的なんですが、経営者とすれば、ふもとの温泉でのんびりというわけにはいきませんもんね」「雨が降ろうが槍が降ろうが山の頂上から逃げ出すわけにはいきません」
中小企業の経営者ですから、普通の会社員とはかなり違って苦労は多いはずです。思うようにいかない事のほうが多いでしょうし、だからといって逃げ出すわけにはいきません。しかしその分、うまくいったときはこの上ない喜びに満ち、まさしく山の頂に登った気分でしょう。
実はこの会社、1度倒産を経験しています。リーマンショックの大波をもろにかぶり、販売不振で倒産しました。社長の経営がうまくなかったと言ってしまえばそれまでなのですが、それ以前から資金繰りに苦労しているような会社でしたから、リーマンショックの大波が来てはひとたまりもありません。
どん底を経験したこの社長は、何とかスポンサーを見つけ事業再生にこぎつけました。しかし、今まで通りの経営ではダメです。結果が出なかったのですから、多くのことを変えていかなければなりません。
その中で、さっそく取り組んだことがあります。展示会のやり方です。これまで業界の合同展示会に出展していましたが、ただ出店しているというだけの展示会でした。これを改め、自主開催の展示会としました。小さくても、地味でも、集客人数は少なくても、売り上げに直結する展示会を目指しました。
始めた当初は見よう見真似でぎこちない展示会でしたが、それでも回を重ねるうちに何とか様になってきました。そして少しずつ売り上げも上がるようになりました。それに比例して社長は元気になりつつあります。
「先生、いろいろありましたが、何とかやって行けそうです」 「女房に苦労かけましたが、休みの日には気晴らしに2人でその辺の山に登山に行くようになりました」 「もう少ししたら日本アルプスに行ってみたいと思います」
人生は、いい時ばかりではないし、悪い時ばかりでもない。正しく努力していれば何とかなる。この社長を見ていてそう思います。いい時には有頂天にならずに山の頂から景色を楽しみ、悪い時にはくさらずにふもとの温泉で少しゆっくりと、人生は山あり谷ありで行きましょう。あなたにもいつかいい時が必ず来ます。