第82話 職人社長が変わった!

 中小企業では社長が現場に張り付いてしまい、経営がまともにできていない会社があります。社長が職人肌で現場が好き。細かい数字や煩わしい取引先との関係は嫌いという会社です。社長が現場に張り付いてしまっているので日々の数字の変化は分からず、経理は奥さんに任せっぱなし。税金や会計のことは税理士に任せっぱなしという会社です。そんな馬鹿なと言われる方もいるでしょうが、事実、こういうタイプの社長は多いものです。

「先生、ちょっと困ったことが起きました、どうしたらいいでしょう?」

「社長、どうしました?ショールームに何か不具合でも起きましたか?

「いやそうじゃなくて、金が回らなくなったようで・・・」

「はぁ!?・・・」

 実はこの社長、冒頭でお話ししたタイプの社長です。工場の現場で作業するのが好きで、資金繰りや経理関係は奥さんに任せっぱなし。ところが、頼りにしていたその奥さんが体調を崩して入院してしまったのです。奥さんに任せっぱなしにしていたためお金の流れが全く分かりません。

 銀行の当座に現金がいくらあるのか、振り出した手形の期日はいつなのか、資金繰りは・・・。こういう事態になって初めて経理の大切さ、資金管理の大切さがようやくわかったという次第です。

「先生、よく調べたら、以前振り出した手形の期日が間近に迫っていて、銀行の当座にお金がなくて・・・、どうしたらいいでしょう?」

「そりゃあ・・・、具合い悪いですね。えぇっと、まずは、すぐに取引先に行って手形のジャンプを頼みましょう」

「手形のジャンプ?手形が飛び跳ねるんですか?」

 この社長、大手部品メーカーの二次下請けとして小さな鉄工所を経営していますが、何とか下請けから脱却しようと自社オリジナル製品の開発に没頭していました。ところが、社長が現場に張り付きすぎて経営がおろそかになりました。小さなショールームを作って、さあこれからという時にこの事態。困りました。

 しかし、仕方ありません。当社は財務系のコンサルティングをしているわけではありませんが、多少は数字を見ることができますし、こういった事態に直面することは稀ですがあります。そこで、すぐに取引先に行って手形の組み戻しを、というアドバイスしたわけです。幸い取引先はそれほど多くなく、しかも長年取引をしている会社ばかりだったため事なきを得ました。

「先生、俺があんまり現場に張り付いとってはいかんね」「製品開発はなるべく社員に任せて俺は経営を見なきゃいかんね」「それと、女房がいかに大切かよくわかったよ」

 反省と今後の方針について社長の口からはっきりと出ました。それはいいとして、資金繰りです。資金がショートしてしまえば何もかも終わりです。一息ついたところで資金繰り表をきちんと作ってみると、なんてことはない、売掛金の回収が間近です。一時的に当座の現金がショートしましたが大丈夫です。また、社長個人の金融資産もまあまああるので、いざとなればそれを借入金として用立てればいいだろうということになりました。

 下請けということで、どうしても売上や資金の回収に波があり、それが今回の事態の一因となりました。社長もそこのところは感じていたようで、何とかして自社製品を開発し、元請け依存から多少なりとも脱却をと望んでいました。

 中小企業で下請けやOEM受託生産の場合、景気の変動に大きく左右されます。元請けの受注が減少すれば切られるのはまず下請けです。しかも、元請けに頼り切って自社で営業能力を持たない場合、生死を元請けに預けているようなものです。

 これを何とか回避しようと自社オリジナル製品を作るのですが、売ることを知らない製造業がそうそう簡単に売ってこられるものではありません。しかし、そのようなときに頼りになるのがショールームです。今回の会社は、自社オリジナル製品を売るお手伝いができるということでご依頼をいただきました。

 途中で本来のコンサルティングではないことに首を突っ込んだ形になりましたが、そんなことは小さなことです。クライアントが元気を取り戻して成功してくれればそれでOKです。

 ところで、その後の奥さんの体調はよくなり、元気に退院しました。そしてまた、経理の仕事に戻りました。社長はというと、現場は社員になるべく任せて自分は経営全般を見るようにしました。自社オリジナル製品の開発の目途も立ち、小さなショールームも形ができ、後は本格的な販売戦略の立案です。新規取引先を開拓するため、すべてのイメージを一新しスタートする予定です。

 ショールームイベントや展示会はやりにくい状況ですが、本当の見込み客に来てもらえればいいわけです。従来のやり方のイメージが強く残っていますが、ここを払しょくして再スタートを切るのです。これからどんな結果がでるか楽しみです。もちろん、苦労やうまくいかないこともあるでしょうが、自分が作った製品を自分で売ることの楽しさを分かってもらえたなら、きっと乗り越えることができるでしょう。結果が出るまでお付き合いすることになりました。

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