第79話 営業の専門家とただの営業マンの違い

 ○○の専門家というと何かカッコよさを感じますね。ある分野にはとても詳しく、指導的な立場にある人といったイメージでしょうか。最近では、感染症の専門家という人が何人もメディアに登場するようになりました。タレントになってしまった人もいるようです。その方々がどれほどの専門性を持っているのか、我々としては知る由もありませんが、医学全般の知見を有したうえで感染症については専門知識が豊富だということでしょう。

 ビジネスでは営業の専門家という言い方はしませんが、要するに、商品知識、接客、提案、問題解決能力など、営業全般の知識や経験を有し、その上で商品を販売する能力にたけている人が営業の専門家と言えます。

「先生、A君は営業にかけては全く素晴らしいですよ」

「昼夜問わず営業に励んで頑張って受注してくれます。まさに営業の専門家です」

 社長のこの言葉を聞いてある種の危うさを感じていました。「昼夜問わず・・・?!」

 どうやらA君は、受注のためなら早朝から深夜まで働いているというのです。休日出勤は当たり前。受注することが生きがいで、社長から褒められると輪をかけて働くという始末。

「社長、マズいですよ。ショールーム営業はしくみで営業していく方法なんですよ」

 A君は会社のルールを意識することなく自己流で営業活動をしています。しかし、顧客寄りの営業スタイルのため、顧客側とすれば使い勝手のいい営業マンとして知られていて、多くの注文を集める要因となっていました。

「しかし先生、A君は我が社の稼ぎ頭で、彼に売り上げを依存しているのが現状で・・・」

 社長にそう言われると当社としても強引にとはいかず、若干のアドバイスをしただけで少し様子を見ることになりました。しかしこの後、この時のこの判断が大きな誤りだったことを知らされることになります。コンサルティングの最中でしたので、とりあえずA君のことは横に置いておいてコンサルティングプログラムに集中することになりました。

 後日、コンサルティングでこの会社に伺っていた時のことです。営業部長が切羽詰まった声でコンサルティング中の社長に報告に来ました。

「社長、大変です。大お得意様のB社の社長がカンカンです」

「A君にショールームアドバイザー役を頼んでB社にプレゼンさせたところ、B社の幹部を怒らせてしまったらしいです」

 事の成り行きはこうです。たまたまショールームアドバイザーが急病で会社を休んだため、担当ではないものの製品に詳しいA君に代役を頼みました。ところがB社に失礼なプレゼンをしてしまったため、幹部を怒らせてしまったというもの。

 コンサルティングを中断して社長は大慌てでB社に謝りに。大変なことになってしまいました。当のA君は「なんで怒ったの?」という態度。原因が自分にあるとは思っていません。A君には困ったなあと思いつつも、コンサルティングが中断してしまいましたので改めて後日やり直しということにし、この日は心配しつつも引き上げることになりました。

 そして後日、先回の続きのコンサルティングに伺いました。聞くところによると、すぐに社長が謝罪に行ったため何とか事なきを得たとのことでした。本当にやれやれです。コンサルティングが続けられます。

「先生、やっぱりしくみで営業しないといけないですね。マンパワーに頼ったらダメです」

 当社も反省です。おかしいと感じたあの時、もっときちんとアドバイスすべきでした。しかし、この社長が立派だったのは、A君にペナルティーを科すわけでもなく、A君を営業の専門家だと勘違いしていた自分に非があると考えたことです。そしてコンサルティングのプログラムに沿って組織づくりに励んだということです。

 問題を起こしたA君はこの当時、営業の専門家ではありませんでした。力任せの営業しかできない、それしかできないただの営業マンだったのです。しかし今は違います。ショールームでのプレゼンも営業の一部としてそのスキルを学び、立派なアドバイザーに成長しました。しくみで営業もできるし、営業のスキルを応用してアドバイザーもできる。本当の営業の専門家として成長したのです。

 どこの会社でも1人や2人このような、力任せの営業マンがいます。しかし、そのただの営業マンを、営業の専門家に育てられるのは社長しかいません。社長が直接指導するということを言っているのではなく、社長が育成するしくみを作るべきと言っているのです。社員を活かすも殺すも社長次第。ドキッとするような言い方ですが、本当のことです。

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